水が飲みたくなる教育(型技術・パンタグラフ 2001年)

水が飲みたくなる教育

九州工業大学 楢原弘之

 「水が飲みたくなる教育」。これは高知工科大学副学長の鈴木朝夫先生がおっしゃっていた言葉である。学生が自ら学びたいと思うような驚きや喜びを感じる教育、教わる内容の考え方や奥の深さを理解するように工夫されている教育のことを例えたものである。学生に学びたくなる教育を施すことができれば、計り知れない程大きな効果が得られるであろうことは我々にも良く想像できる。

実は最近、学生達に気になることが起こり始めている。それは成績の2山現象である。成績分布を取ると中位あたりが少なくて上位と下位に山をもつ分布ができてくるのである。上の山の集団はともかくも、下の山の集団については学生の能力よりも意欲の問題が無視できないようなのである。筆者の講義でもこの問題に色々取り組んでいるものの、学生が目的も目標も無いまま大学へ入学し、大学に入学しても夢や目標を示されることなく、また見つけられずに過ごしてしまっていることが一因にありそうなのである。そこでもっと動機付け教育を行う必要が出てくる。これから技術者の世界に仲間入りすることになるという目標と動機付けを考えた場合、技術者の顔や苦悩や夢が直感的に垣間見られる「社会で使われているリアルな図面」を学生に見せることが必要と思うのである。

日本は一般の人にとって技術者の顔が見えない社会を作ってしまったのではないだろうか。このままでは日本の技術力の低下はどんどん進むのではないかと心配でならない。 しかし将来に対して白紙状態の学生にとっては、自分が将来どのような事ができるようになればいいのか、技術者としての将来を想像し夢をもつためには、教育用でない本物の図面を見る、しかも名設計と評されている設計図面を見ることほど、動機づけに適した教材はないと思うのだが、いかがであろうか。もちろん、会社の資産でもある図面をそう簡単には外に出せないことぐらい承知しているつもりである。しかし図面だけでは製品ができないことは、これをお読みになっている皆さんのほうが十分ご存知であろうし、何とかならないものかとも思ってしまう。

問題はどのようなものを教材として用いれば学生がハットするかだが、心の中では割と軽く考えていたものが実は緻密な計算の下で作られていたことが発見できるような図面や、歴史を変えた有名な資料や、未来への夢を駆り立てる図面などがいい。機械系に進学しなければ一生見ることができなかったと思わせるような自尊心をくすぐるような体験をさせることが非常に効果的ではないかと思うのである。

このような教える側のねらいに何割かの学生は感化されて欲しいものである。仕掛けは色々とあったほうがいい。どんなものでもいい、製造中止になった昔の図面でも提供してくださる会社はないものだろうか。

 

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